先日、ストーリーズでこんな質問をしてみました。

「刺し子をしていて、“癒される”のその先にある感覚って、もしあるとしたら何でしょう?」
以前アンケートを取った時、「刺し子をしていて良いことは?」という問いに対して、“癒される”という答えがとても多かったからです。
でも最近、その“癒し”という言葉の奥に、もう少し違う感覚がある気がしていました。
アンケート結果です↓

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いただいた言葉の中には、
「整う」
「自分に戻る」
「無になる」
「満ち足りる」
「自分を取り戻せる」
そんな言葉がありました。
私はそれを見ていて、刺し子は単に“リラックスする時間”というだけではなく、自分の大切な「自分」を取り戻す時間なのかなと感じました。
自分の感覚を後回しにしてしまう
日々生活していると、人の期待や情報、役割や比較の中で、自分の感覚が少しずつわからなくなってしまうことがあります。
本当は疲れている。
でも、
「みんな頑張っているんだから」
と、自分の感覚を後回しにしてしまう。
本当はひとりになりたい。
でも、
「そう思うのはわがままかもしれない」
と、自分の気持ちを押し込めてしまう。
今日は何もしたくない。
でも、
やるべきことに追われて、その声を聞き流してしまう。
刺し子が好きな方は圧倒的に女性が多いので、私もそう思う経験はとてもあります。
今日、自分は何をしたいのか。
何をしたくないのか。
そんな小さな感覚も、忙しさの中で考えられなくなってしまう。
AI時代に失われやすいもの
最近見た動画で、印象に残っている言葉があります。
川原卓巳さんと八木仁平さんとの対談で、
「AI時代になって、人間は頭だけが高速で動き続けている。身体の感覚を研ぐことがおろそかになってしまっている」
という話がありました。
そして、
「人間のやるべきことは、歌う・踊る・祈る、これしか本当はないのではないか」
という言葉も印象に残りました。
さらに伊勢神宮の宮司さんが、
「祈りとは、自分の魂が喜ぶ“働くこと”、つまり誰かの役に立つ状態でもある」
とお話しされていたそうです。
私はこれを聞いて、ハッとしました。

刺し子と祈り
刺し子をすることは、瞑想状態になれるとも言われています。
それは、身体感覚を取り戻す作業なのではないか。
また、刺し子文様に込められた祈りも、
家族のために衣類を補修し、
寒さから守り、
ものを大切にする。
そんな「誰かの役に立つ行為」と深く結びついています。
でも、それは単なる自己犠牲ではなかったのかもしれません。
誰かのために針を動かすことが、
結果として自分自身の魂も喜ばせていた。
そんな側面もあったのではないかと思うのです。
だから、針を動かしている時間だけは、
少しずつ呼吸が戻ってきて、
輪郭が曖昧になっていた“自分”が、
静かに戻ってくる感覚がある。
nuu.neに集まる人たち
今回のアンケートを通して、nuu.neに集まってくださる方たちも、同じような感覚を持っているのかもしれないと思いました。
それは、キットを通して体験を求めてくださるお客様だけではありません。
作品を通して、
作品をお手元に置いていただくことで、
お客様自身の身体感覚を取り戻せるような力を、針目から感じていただけるのかもしれません。
「整う」
「自分に戻る」
「無になる」
いただいた言葉はそれぞれ違っていても、
その奥には、
“自分の感覚を取り戻したい”
という共通した願いがあるように感じました。
これから深めていきたいこと
だから私は、
「上手く刺せること」だけではなく、
自分の感覚を観察したり、
“なんか違う”を無視しないための活動も、
これから少しずつ深めていきたいと思っています。
まだ私自身も、その途中にいます。

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