ここ数年で、刺し子はぐっと身近なものになりました。
100円ショップに行けば印刷された図案生地が手に入り、
YouTubeを開けば、無料で作り方を見ることができます。
「やってみたい」と思ったときに、すぐに始められる。
それはとてもいい変化だと思います。
きっとこの記事を読んでいる方の多くも、
最初は軽い気持ちから刺し子に触れたのではないでしょうか。
けれど続けていく中で、
どこか違和感を感じたことはありませんか。
なんとなくやりにくいキット、
一度体験して満足してしまうワークショップ、
次々と移り変わる流行。
それは誰が悪いわけでもなく、「手軽さ」と引き換えに、
刺し子が少しずつ“消費されるもの”として扱われるようになった時代の流れなのかもしれません。
けれど、ここで一つ思うのは、
刺し子そのものが軽くなったわけではない、ということです。
変わったのは入り口であって、
刺し子の本質ではありません。
今、刺し子は少しずつ二つに分かれているように思います。
気軽に楽しめる刺し子と、
時間をかけて、自分と向き合う刺し子。
どちらが良い悪いではなく、
何を求めているかによって選ばれていくもの。
「材料を消費する行為」か、
「価値を積み上げる行為」か。
その違いは、ほんの少しの意識の差なのかもしれません。
私にとっての刺し子は、後者でした。
何かを完成させるためではなく、
針を動かすことで、自分を整えていく時間。

一定のリズムで糸を通していると、
思考が静かになり、
呼吸や気持ちが整っていく。
そんな感覚があります。
だからこそ、
もし刺し子が続かなかったとしても、
それは「向いていない」のではなく、
求めている刺し子のかたちが
違っただけなのかもしれません。
手軽に始められるようになった今だからこそ、
その先にある、
静かで、深い時間としての刺し子を。
私は、そういう刺し子を大切にしています。
そしてもし、
「整う時間」を求めているのなら、
そのためのかたちを、
これから少しずつ届けていきます。

不定期で、キットをおいています。

秋には、深い時間を積み上げていくための刺し子講座も予定しています。
お楽しみにお待ちください。




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