刺し子は「手芸」か「工芸」か?

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作品を見てくださった方から、ときどき聞かれます。

「刺し子って、手芸なんですか?それとも工芸なんですか?」

そして、もう一つ。

手芸としては高い気もするし、工芸としては安すぎる気もする。

正直に言うと、そう思われているだろうな、と思いながら作っています。

刺し子は、少し不思議な立ち位置にあります。

多くの人にとっては、ふきんや布巾を刺す「手芸」として親しまれているもの。

一方で、日本の暮らしの中で受け継がれてきた古い針仕事でもあります。

布を丈夫にするために、寒い土地で衣服を長く使うために、人々の暮らしの知恵として生まれた技術。

そう考えると、そこには確かに工芸の側面もあります。

手芸と工芸のあいだ。

刺し子は、その境界にあるような存在なのかもしれません。

私は、この針仕事が好きです。

ただ模様を縫うというよりも、一針一針進めていくうちに、自分の呼吸が整っていくような感覚があります。

気持ちが落ち着き、頭の中が静かになっていく。

私にとって刺し子は、そんな時間でもあります。

だからこそ、

私は刺し子を「雑貨」としてではなく、

時間を縫い込んだ小さな作品として作りたいと思っています。

長く受け継がれてきた模様や技法を大切にしながら、その上で、新しい表現も探してみたい。

刺し子は、もともと

日常の道具として使われてきました。

洗って、使って、また洗って。

そうやって暮らしの中で自然に寄り添ってきた針仕事です。

その素朴さも、刺し子の大きな魅力だと思っています。

でも同時に、長い時間をかけて縫い上げた一枚の布には、

不思議と特別な気配が宿ることがあります。

飾って眺めていると、どこか心が落ち着くような。

そんな感覚を、作品として形にできたらと思っています。

技術にきちんと対価が支払われることで、作り手は活動を続けることができます。

そして、その技術も次の世代へと繋がっていきます。

小さなことかもしれませんが、私はその流れの中にいられたら嬉しいと思っています。

もし作品を見てくださったとき、

「きれいだな」と思っていただけたら。

刺し子を見てくれたことで、心震える体験をしていただけたら。

それだけで、とても嬉しいです。

 

 

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