なぜあなたの刺し子商品は高いんですか?
作品を手に取ってくださる方、興味を持ってくださる方から、一度は聞かれる言葉です。
正直に言います、そう言われると思っていました。
刺し子の「曖昧な立ち位置」
刺し子は手芸なのか?工芸なのか?
刺し子は、“手芸”と“工芸”の境界にある、少し特殊な存在です。
一般的には手芸として親しまれ、趣味やハンドメイドの延長として扱われることも多い。
その結果、材料費と「売れそうな価格」に合わせて安く販売されるケースも少なくありません。
しかし、刺し子には日本の古くからある針仕事としての、人々の暮らしを支えてきた歴史と、
積み重ねられた技術(伝統工芸の側面)があります。
「安い」の罠
刺し子が「手芸=安価なもの」として扱われることで、「時間や技術に見合う対価」が支払われにくい状況が生まれています。
価格に込めた「覚悟」
私が刺し子に「時間と技に見合う価値」をつけるのは、覚悟があるからです。
「ただの手芸ではない」理由
刺し子は、単に布を縫い合わせる「手芸」の枠には収まりきらない、歴史と技が詰まった工芸としての側面を強く持っています。
工芸品としての現状と可能性
陶芸や漆器のように「高価でも選ばれる工芸品」としての認知は、まだ育っている途中かもしれません。
けれど、だからこそ余白があり、可能性があり、私はそこに価値を感じています。
わたし一人では微力ではありますが、その可能性を広げたいと思っています。
つまり、「伝統の再現」にとどまらず「伝統を踏まえた上での新しい表現」がしたい。
つまり作家として創造性と挑戦がしたい!と思っています。
最近は、立体である手まりと刺し子の融合の模様を考えていて、手まりの表現を刺し子に展開してみたらどうなんだろう、と日々研究しています。
価値の創造:「ふきん」から「特別なお守り」へ
また、刺し子には、もう一つの二面性があります。それは「実用」と「アート」です。
刺し子は、ふきんのように洗え、毎日使える実用メインの道具として愛されてきました。この素朴で飾らない魅力も刺し子の本質です。これだけたくさんの日本人に愛され、受け継がれ、流行りすたりのあるハンドメイド業界の中で、変わらぬファンの数があり、今もなお若い人にもやってみたいと思わせる。みなさんの生活になじみ、心をほっとさせる針仕事であることは間違いないですよね。
しかし、私が提供したいのは、それだけではありません。
私の刺し子は、“売れるための雑貨”や“手軽なハンドメイド”ではなく、時間を縫い込んだアートピースとしての美しさを追求します。
何十年と受け継がれてきた伝統的な技法を凝縮させ、一針一針に願いや祈りを込めることで、それは「特別なお守り」としての価値を帯びます。これは単なる布と糸の代金ではなく、「人生を共にする覚悟」を込めた対価なのです。
未来への宣言!
技術に正当な対価が支払われることで、つくり手は活動を続けられ、より良い作品を未来に残すことができます。
私は、この古く美しい技術を未来に繋ぐ流れをつくる一人でありたい。

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