誰でもできる刺し子を、私はなぜ売るのか

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刺し子の価値と、売るという覚悟

刺し子は、昔は誰でもできる手仕事でした。

針と糸があればできる。特別な道具もいらない。

だから「売る」という発想は、ほとんどなかったそうです。

昔から刺し子をしているフォロワーさんが、こんなことを教えてくれました。

「昔は刺し子は誰でもできた。売るなんて考えもしなかった。だって、誰でもできる技術だったから。」

この言葉を聞いたとき、私はとても納得しました。

刺し子は、確かに誰でもできる手仕事です。

でも今、SNSを見ると刺し子を販売している人はたくさんいます。

そして、販売する刺し子の世界には、きっとこんな考えの人もいるのではないでしょうか。

「材料費くらい回収できればいい」

「趣味で作っているだけ」

「余ったから売る」

そんな声が聞こえてきそうです。

それは全然悪いことではありません。

作ることが楽しくて、その手仕事が誰かの手に渡る。

それはとても自然で素敵なことだと思います。

ただ私は、あるとき気づきました。

それは「売る」という行為とは、少し違うのではないか、と。

「売る」ことの本質は

売るということは、

材料費を回収することでも、

余ったものを手放すことでもなくて、

「価値を届ける覚悟」を持つことなのだと思います。

どうしたら売れるのだろう、と考えると

技術をもっと上げなきゃいけないのかな、とか

SNSをもっと研究しないといけないのかな、とか

価格を下げないといけないのかな、とか。

そんなノウハウを追いかけてしまうことがあります。

なぜこう思ったかというと、

かつての私がそうだったからです(笑)。でも、なんか違う。心の中の魂が、違うと叫びます。

なんでそこまでノウハウ追いかけて、それでも売りたいって思うの?私・・・

こればかり考えてしまうと「刺し子」という素敵な手工芸の価値が

伝わらなくなってしまうのではないか、と、考えまくって、やっと気づきました。

現代においての「刺し子」の本質価値とは

かつては誰でもできるものだった「刺し子」ですが、

今この現代では「誰でもする」ものではなくなってしまいました。

刺し子をしない人から見れば、それは時間と心を注ぎ込んだひと針ひと針の積み重ねです。

ときには、神業のように見えることもあるかもしれません。

 

本当に問われているのは

「どう売るか」ではなくて、

「なぜ売るのか」なのかもしれません。

 

刺し子を好きになって、

趣味のコミュニティに入ったりすると

この世界のことを少しずつ知るようになります。

すると、外から見れば特別に見えることでも

界隈の中にいると「誰でもできること」のように思えてしまうことがあります。

周りの相場を知れば知るほどその平均の中に自分を押し込めてしまい、

自分の価値を低く見積もってしまうこともあるかもしれません。

それでも私は、刺し子を売りたいと思っています。一針一針積み重ねた時間や、そこに宿る美しさには、確かに価値があると信じているからです。

刺し子の尊さを、自分が一番に信じてあげること

昔は「誰でもできる」ものだった刺し子。

でも今、それを作品として届けようとするなら、

きっと必要なのはノウハウよりも、

「その価値を、自分が一番に信じてあげること」なのだと思います。

もし刺し子の作品を見かけたら、

ぜひ少しだけ想像してみてください。

そこには、

機械では作れない時間が、

ひと針ひと針、静かに積み重なっています。

だから私は、今日も針を持ち、

一針ずつその価値を届け続けます。

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