針目は、揃えようとして揃うものではない

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この文章は、

「きれいに揃えなきゃ」と思って少し苦しくなっている人や、
技術でなんとかしようとして、どこか違和感を感じている人へ向けて書いています。

逆に、正解の刺し方や効率的な上達を求めている方には、
あまり合わないかもしれません。


「きれいな針目ですね」と言われることがあります。

とてもありがたいし、うれしい言葉です。
でも、少しだけ引っかかることがあります。

私は、たしかにきれいに刺そうとしています。
でも、「きれいに揃えよう」としている感覚とは、少し違うのです。

たまに、刺し子のとても早い運針動画を見ることがあります。
以前は、すごいなぁと思っていました。

でも今は、そこを目指していません。

速くリズムよく刺すことで、
流れの中で針目が整っていくやり方もあります。

でも私は、

一針ずつ、その都度整えながら刺しています。

整っているときは、そのまますっと通るし、
整っていないときは、糸の引きや針の角度を微調整しながら進めていく。

刺しながら、整えている感覚です。

だから速くはありません。

でも、その一針が無理なく通っているかどうかを、ずっと見ています。

針目は、揃えようとして揃うものではありません。
整った状態で通った結果として、あとから揃っていくものです。

私が大切にしている『整える』という感覚については、
以前の記事『みると、そろう』でも触れています。
愛用の針について

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