なぜ手芸とアートは、別の世界に見えるのだろう

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私は長く、刺し子を手芸として楽しんできました

模様を選び、布を選び、糸の色を考える。

同じ青でも、晴れた青空の青にするのか、深い藍色にするのかで、作品の印象は大きく変わります。

針目の大きさや間隔、線の密度、模様の縮尺。

ほんの少し違うだけで、全体のバランスは変わります。

手芸をする人は、作品を作りながら、実はたくさんのことを見ています。

こうして並べてみると、これはアート作品を制作したり鑑賞したりするときに使う感覚と、とてもよく似ています。

それなのに、なぜ手芸とアートは、こんなにも違う世界として語られるのでしょう。

 

私自身、以前はアートに興味がありませんでした

実は私自身も、もともとアートに興味があったわけではありません。

美術館へ行ったり、現代アートを積極的に見たりすることはほとんどありませんでした。

今思うと少し不思議です。

毎日のように線や色、バランスを考えていたのに、それをアートと結びつけて考えたことがなかったからです。

刺し子を続けるうちに、私は少しずつ、

「なぜ、この配置は心地よく見えるのだろう」

「伝統模様のこの完璧な構成はどんな約束事で成り立っているんだろう」

そんなことを考えるようになりました。

そこから私の刺し子は、「模様を再現すること」だけではなく、「模様を構成すること」へと少しずつ変わっていきました。

違うのは、技法ではなく”見る視点”なのかもしれない

手芸の世界では、

「どう作るか」

「どれだけ丁寧に仕上がっているか」

「実際に使えるか」

ということが大切にされます。

一方、アートの世界では、

「なぜこの形なのか」

「何を表現しようとしているのか」

「作品を見て何を感じるか」

ということが重視されます。

でも、使っているのは同じ布であり、同じ糸であり、同じ手です。

違うのは、素材ではなく、見る視点なのかもしれません。

手芸をする人は、すでにアートを見る目を持っている

私は、手芸をする人は、すでにアートを見るための感覚を持っていると思っています。

色の違いに気づく目。

質感を感じる感覚。

バランスを見極める力。

それらは、アートを楽しむためにも、とても大切な感覚です。

ただ、その感覚を今までは「作ること」のために使っていただけなのかもしれません。

私が目指していること

刺し子を手芸ではなくアートに格上げしたい、ということではありません。

手芸よりアートのほうが価値が高い、と考えているわけでもありません。

手芸には、暮らしを豊かにしてきた素晴らしい文化があります。

そしてアートには、作品を通して新しい見方や問いを生み出す力があります。

私は、そのどちらかを選びたいわけではありません。

刺し子には、その両方の可能性があると感じています。

だから私は、アートが好きな人に刺し子の魅力を伝えたい。

そして、刺し子や手芸が好きな人には、

「こんな見方もあるんだ」

と思ってもらえたら嬉しい。

手芸とアートは、本当はとても近い存在です。

もし、その二つの世界の間に、小さな橋を架けることができたら。

それは、私がこれから作品を作り続ける理由の一つになるのかもしれません。

 

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