前回の記事では、飾られる刺し子について書いてみました。
飾られるためのアートは、何か実用性があるわけではないのに、なぜ人はアートを求めるのだろう。
今日は、そんなことを深堀りしてみます。
経営者はアートを買う
経営者は、よく自分のためにアートを買う。
ある経営者の方から、そんな話を聞いたことがあります。

お金持ちだから、社長室に立派な作品を飾って見せびらかしたいから?
わたしは短絡的なのでとっさに考えることはこんなことぐらいです 笑
でも、どうやら理由は違うそうです。
経営者は常に、効率・生産性・数字の中で生きています。
日々、正解を出し続ける仕事です。
その状態が長く続くと、知らないうちに感性の回路が鈍くなる。
すべてを「役に立つかどうか」で判断するようになってしまう。
だから彼らは、意図的にアートに触れる時間を持つのだそうです。
正解のない問いに、自分の美意識で向き合うため。
数字や効率から少し離れて、純粋な価値に触れるため。
そして、長い時間をかけて育まれたものだけが持つ静かな強さを、そばに置くため。
「お金の使い方は、自分自身のデザイン(アート)だ」
そう語る経営者もいるそうです。
心が震える体験や、長く愛せるものにお金を払うことで、人生の解像度が上がる、と。
もちろん、経営者だけがアートを求めているわけではありません。
アートを求めるのは、経営者だけではない
以前、こんなことがありました。
「タイムバケット」という考え方をご存知でしょうか。
人生でやりたいことを年代別にリストアップして、実行していくというものです。
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↑こちらの本に書いてあります
その習慣を持つある方が、リストの中に
「好きなアートを買う」と書いていて、
それを実行する形で、私の刺し子の額装作品を購入してくださいました。
そのとき私は、
アートというものは、その人の人生に彩りを与えるものなのかもしれない、と感じました。
「お金を使う」という行為が、自分の人生をデザインする価値とイコールになった瞬間。
そのことが、今でもとても印象に残っています。
↓実際にいただいたレビューです^^
アートを求める人と、クラフトを求める人
では、アートを求める人と、手仕事のクラフト作品を求める人とはどう違うのでしょうか。
例えば、同じ模様で同じ大きさの刺し子ふきんがあったとします。

クラフトとして見る人は、生活の豊かさを求めています。
使えるかどうか。
丁寧に作られているか。
日本らしい手仕事であること。
「いいものを生活に取り入れたい」
「本当に良いものを長く使いたい」
そういう思いで選ばれることが多いように感じます。
一方で、アートとして作品を見る人が見ているのは、少し違います。

作家の思想。
独自性。
空間との相性。
そして、その作品が持つ世界観。
つまり、
「物」ではなく「作品の世界」を買っている。
同じ刺し子の布でも、クラフトとして見れば「丁寧な刺し子の布」
アートとして見れば「密度のある祈りの面」
そんなふうに見え方が変わります。
面白いことに、アートとクラフトの違いは、物そのものではなく「文脈」にあるようです。
額装されていること。
タイトルがついていること。
作家の言葉が添えられていること。
展示という場に置かれること。
そうした文脈によって、
同じ布でも、まったく違う世界を持ちはじめるのかなと思います。
……とはいえ、本音を言うと。
私はまだ、なぜ人がアートをそこまで求めるのか、
完全には理解できていない気もしています。
好きなギャラリーに足を運んだり、美術展を見に行くのは好きです。
「これ、いいな」と思う作品もたくさんあります。
でも、自分の家にアートを飾りたいと思ったことは、実はあまりありません。
(そもそも、うちが狭すぎるのもありますが。笑)
だから私は今でも考えています。
なぜ人はアートに惹かれるのか。
そして、なぜ自分がある作品に「好き」と感じるのか。
その理由は、まだよくわかりません。
でも、もしかするとそれくらい曖昧なものなのかもしれません。
アートになった刺し子作品に興味のある方に。期間限定でこちらのSHOPで販売しています

私の琴線 自分自身は割と書籍から作家性を知ってその作家さんの作品が好きになることが多いです。
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