先日、日本橋三越カルチャーサロンで、刺し子の講座を開催しました。
今回の講座で大切にしたのは、ひとつの作品をきれいに完成させることではありませんでした。
中心はどこにあるのか。
どんな基準で模様が成り立っているのか。
普段、何気なく見ている刺し子の図案を、少し違う角度から見てみる。
図案を写して、その通りに刺すだけではなく、模様の成り立ちを知り、自分の目で見て、考えてみる。
そんな時間にしたいと思っていました。

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全員が同じところまで進まなくてもいい
講座を考えていたとき、最初は私の中にも「ここまでできるようになってもらいたい」という気持ちがありました。
でも、準備を進めるうちに、それは少し違うのかもしれないと思うようになりました。
参加される方の経験は、それぞれ違います。
刺し子を長く続けてきた方もいれば、図案を自分で考えたことがない方もいる。
同じ説明を聞いても、引っかかるところも、面白いと思うところも違います。
だったら、全員を同じゴールまで連れていこうとしなくてもいいのではないか。
一日の講座ですべてを理解したり、すべての技術を身につけたりする必要はない。
それよりも、
「今まで何となく見ていたけれど、こういうふうに考えればいいんだ」
という、ひとつの見方を持ち帰ってもらえたら。
そこから先は、それぞれの刺し子の中で育っていくのではないかと思いました。
「中心から考える」ということ
今回の講座では、図案を「中心」から考えることをお伝えしました。
刺し子の模様には、左右対称、点対称、繰り返しなど、さまざまな構造があります。
完成した模様だけを見ると複雑に見えても、中心を見つけて、そこから線や形がどう広がっているのかを見ていくと、急に構造が見えてくることがあります。
講座のあと、参加してくださった方から、

「中心から考えるという見方が、すとんと腑に落ちた」
というお話を聞きました。
その方は、こぎん刺しをされた経験もあり、
「そういえば、こぎん刺しも中心の中心から刺し始める」
ということにも気づかれたそうです。
刺し子とこぎん刺し。
技法は違っても、模様の中心を意識する感覚には、つながるところがあるのかもしれない。
そんな話まで広がりました。
私が一方的に「教える」のではなく、ひとつの見方をきっかけに、その方自身の経験とつながっていく。
それが、とても印象に残りました。
講座のあとに届いた、うれしいメッセージ
講座から数日後、別の参加者の方からメッセージをいただきました。
講座で使った練習用の布を、その後もご自宅で刺し続けてくださっていること。
そして、講座のあとに復習になればと思ってInstagramのストーリーズに載せた運針の動画を見て、それまでうまくできなかった、指ぬきのお皿で針を押す運針が、ふとできるようになったのだそうです。
「自分でもどこがポイントだったのか、よく分からないのですが」
と書かれていたのが、とても印象に残りました。
もしかすると、動画の中にひとつの「正解」があったわけではないのかもしれません。
これまで刺し子をしてきた時間や、ご自身で本を読んだり、試したりしてきた経験。
うまくいかなかったことも含めて、その方の中にはすでにいろいろなものが積み重なっていたのだと思います。
そこに、講座で実際に見て、考えて、手を動かした時間が加わり、そのあとでもう一度動画を見る。
それまで別々にあったものが、ある瞬間にふっとつながったのかもしれないな、と思いました。
「楽しくて、練習用布で運針だけやっています」
「改めて刺し子に向き合うきっかけになりました」
とも伝えてくださいました。
また別の方からは、刺している手元を間近で見られたことがありがたかったこと、そして、刺している時間が楽しくて、あっという間に終わってしまったという感想もいただきました。
私にとってはいつもの手の動きも、近くで見ることで何かが伝わるのかもしれない。講座の場で一緒に刺した時間を、そんなふうに受け取っていただけたこともうれしかったです。
今回の講座は、運針の習得を目的としたものではありませんでした。
だから、できなかった運針ができるようになったというメッセージをいただいたときは、少し意外でもありました。
でも同時に、講座から何を持ち帰るのかは、こちらがあらかじめ決められるものではないのだとも思いました。
長く習うことと、一度の講座でつながること
刺し子には、何年も定期的に教室へ通いながら、少しずつ身につけていく学び方もあります。
時間を重ねるからこそ身につくことは、たくさんあります。
一方で、今回受講された方は、これまで定期的に刺し子教室へ通っていたわけではありませんでした。
それでも、一日の講座をきっかけに、それまでできなかったことができるようになり、家に帰ってからも自分で刺し続けていました。
なぜだろう、と考えました。
たぶん、一日ですべてを教えたからではありません。
その方の中には、すでにこれまで見てきたもの、試してきたこと、うまくいかなかった経験がありました。
私はそこへ、新しい知識をたくさん足したというより、
「こういうふうに見てみたらどうだろう」
という視点を渡したのかもしれません。
そして、自分で見て、自分で試して、
「あ、こういうことか」
とつながった。
講師がずっと隣にいなくても、その先を自分で進んでいける。
今回の講座を終えて、私はそんな学び方があることを、参加してくださった皆さんから逆に教えていただいたように思います。
教えることより、「自分で分かっていく」ために
講座の時間の中ですべてができるようになる必要はない。
たくさんの技術を持ち帰らなくてもいい。
何年もかけて学ぶことと、一日の講座を比べる必要もないと思っています。
大切なのは、その人の中にすでにあるものと、新しく見たものがつながるためのきっかけを渡すこと。
そして、家に帰ったあと、
「もう少し刺してみたい」
「自分でもやってみたい」
と思えること。
分からなくなったときにも、すぐに「正解」を探すのではなく、自分の目でもう一度見て、考えて、試してみること。
もしかすると、私が講座で渡したいのは、技法そのもの以上に、
自分で分かっていくための「見方」なのかもしれません。
刺し子を教える立場として、今回の講座は、私自身にとってもそんなことを改めて考える時間になりました。

そしてこれからは、刺し子をしている方だけでなく、日本の伝統文様の形や構造に興味がある方とも、こうした時間を持てたらと思っています。
先日、Threadsにこんな投稿をしてみました。

思いがけずたくさんの方から反応をいただき、刺し子をしたことがなくても、文様を「見ること」から楽しみたい方がいるのだと知りました。
次は、針を持つかどうかにかかわらず、ひとつの文様を一緒に眺めながら、「どうしてこの形になるんだろう」と考える講座も開いてみたいです。
見慣れた模様が、帰り道には少し違って見える。そんな時間をつくれたらうれしいです。


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